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2006年 05月 02日
![]() ![]() ![]() 岩屋登山口を入るとすぐに 石楠花が出迎えてくれた 登山道沿いに植え込まれ うすぐらい森の中 目を楽しまれてくれる ながさき徒然考も 巻乃参へと 移行します 引き続きご愛読下さい http://yooshibon3.exblog.jp/ 2006年 05月 01日
2006年 04月 30日
![]() 念願の虚空蔵山へ初登頂 ながさきのマッターホルンである 岩屋登山口より入山 何はともあれ まずは 山頂からの風景をお楽しみあれ 登山口に入ってすぐには 石楠花の大歓迎であった そして 頂上では 予期せぬ ミツバツツジ が満開でお出迎え 黄砂の影響か 遠景はボケボケであったが 想像以上の絶景であった う~~ん 満足の山行であった ながさき徒然考 巻乃壱 10月参照 http://yooshibonn.exblog.jp/m2005-10-01/#2864290 ![]() ![]() 大野原の演習場の向こうに多良山系が見えるはずなのに・・・ 2006年 04月 29日
![]() ![]() ![]() さるくコース(淵・稲佐界隈)のゴール 悟真寺は1598年創建の市内最古のお寺である 切支丹領(イエズス会へ寄進されていた)から秀吉により収公され 淵神社同様切支丹監視の役目もあったようだ 創建まもなく唐人の菩薩寺となり唐人墓地が作られ その後オランダ人・ロシア人墓地と国際墓地として形成されていった もちろん浄土宗の寺であり 日本人の墓地が主であり 浦上村淵庄屋 志賀家の墓地なども点在している 2006年 04月 28日
![]() ![]() ![]() 阿蘭陀商館長デュルコープの墓は日本最古のヨーロッパ人の墓である 彼は日本に到着する前 航海中に死亡し塩漬けならず 砂糖漬けにされ長崎に着き ここに埋葬されたという 2006年 04月 27日
![]() ![]() 幕末プチャーチンの来航から日露戦争まで約50年間にわたり 稲佐は”ロシア村”と呼ばれれるほどロシアとのかかわりが深かった 墓地内にロシア正教の礼拝所も設けられ よく手入れされている 葬られているのはこの地で亡くなった ロシア海軍の将兵が多く 平成3年にはゴルバチョフ大統領も慰霊にこの地を訪れている 2006年 04月 26日
2006年 04月 25日
このコース 最高点 国際墓地上 港や市街が見渡せるビューポイント 雨も上ってきたが 英彦山には雲が懸かっていた 右下に見えるたまねぎ状の屋根はロシア正教礼拝所 ![]() ![]() ながさきには 三つの国際墓地がある 大浦、坂本そして稲佐 ここ稲佐は唐人墓地・ロシア人墓地・オランダ人墓地など広大な墓域が広がる 2006年 04月 24日
2006年 04月 23日
キリシタン禁教後 ながさきの各村を監視する意味で 諏訪神社や岩屋神社と同じく この淵村に置かれたのが淵神社である ![]() ![]() ![]() 神社の裏参道を下り 稲佐の街へと向かう |
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